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書籍感想:「ソクラテスの弁明」 

「ソクラテスの弁明 / クリトン」
プラトン著 久保 勉訳 岩波文庫

ソクラテスの弁明・クリトン
プラトン 久保 勉
岩波書店 (1964/01)
売り上げランキング: 8,123

実は恥ずかしながらプラトンの著作は読んだ事がなかったのだが、機会があったので「ソクラテスの弁明」を読んでみた。今回手にとったのは岩波文庫版であるが(有名な本だから他にもあるのかな?)これには「ソクラテスの弁明」だけでなく、もう一編「クリトン」というものも収録されている(ついクリントン元米大統領を連想してしまった)。
この本は400円とかなりリーズナブルなお値段で購入は容易なのだが(考えてみりゃ訳者はともかく著者には印税払う必要ないしね)、その為かかなり文庫としては薄い本である。文章がどんな具合かと開いてみると、本が薄い理由が判明した。・・・字が小さい(苦笑)。本書のような古典文学物では特に珍しい事ではないが、現在の文庫本の標準よりも文字が小さい。別に読めないなんて事はないのだけれど、正直お年寄りだとちょっと辛い気も。昔はこのぐらいの字の大きさでも全然問題無かったのだろうか? 文庫の文字は現代に至るまで少しづつ大きくなっている様だが、これは日本人の視力がその分低下しているという事なのかしらと思ってみたりもする。一体初版はいつなのかと奥付を見ると1927年と記載されており、伝統と時代を感じさせられた。

ソクラテス関連の本を読んだのもこれが初めてなのだが(学習漫画の人物評等は除く)、いやぁ難しい(汗)。私にとってはなかなか難しい内容で未だ完全に理解するに至っていない気がする。この本に一緒に収録されている「クリトン」の方は対話形式なのでかなり楽だったが、それでも後の方の殆どソクラテスの独白と化している部分はドンドン難解になっていく感じで難儀した。もっとも、当初思っていた程難解な内容ではなかったというのも正直なところだ。
全部読み終えてみると、ソクラテスは信念の人という印象を受ける。ソクラテスの自分の信念を貫き通した姿には、素直に感動した。自らの正しいと思う道を歩んだ姿が、現在まで歴史に残る最大の要因だったのではなかろうか。むろん、優秀な弟子であるプラトンの功績も大であるが。執筆者のプラトンによる誇張があるにしろ、生き生きと描写されている裁判でのソクラテスのやり取りから、古代アテネの裁判の一端を知ることができて興味深い。
タイトルこそ「弁明」となっているが、内容は殆どソクラテスの「説教」に近いものがあると感じる。実際、裁判に列席した人はそう感じて内心閉口したのではなかろうか。自分で自分の事を賢人と言い切ってしまう所が凄い。自分の生死が決定される裁判においいて、ここまで堂々と自論を展開できるのには感服する他ない。やはり自身が正しいと思った道を貫いたからこそ、現在でもここまで名が残っているのであろう。「クリトン」で述べられている様に、脱獄して生き延びた場合、結局はソクラテスは自分の信念を貫き通せなかった事になり、その後のソクラテスの余生は精彩を欠き、現在ここまで歴史に名を留める事にはなっていなかったのではないだろうか。この裁判で死刑になり、その刑を受ける事は彼を歴史上に永遠に留める事に繋がった訳で、その意味で彼の内なる神霊は彼の言う通り非常に予言的であったと言えよう。
この神霊の声が聞こえるという話は、今の目から見るとそれはひょっとして何か電波を受信しているのでは?と不安になってくるが(笑)、当時裁判の場においても宗教は不可分だった様なので、あくまで真面目に議論されていた事は疑いない。やはりなにかと宗教的背景が色濃い点は、現代日本に生きる身としては多少違和感を感じると共に興味深いところである。「ゼウスにかけて~」というセリフが多用されるなど、如何に当時のアテナイ人にとってギリシア神話が共通の価値観として存在していたかが伺える。
ソクラテスが若い頃は戦争に従軍にしていたという事は、本書を読んで初めて知った。考えてみれば当然の事なのだが、普通の歴史教科書等ではそこまで触れられないからなぁ(汗)。学校の授業で習ったソクラテスおよびその時代背景に対する説明が、本書を読む上で非常に役に立った。後書きの解説でも色々と触れられているが、授業等とは異なる切り口であったし。
「クリトン」における「多衆の意見を気にする必要はない」という意見は、ひたすら流行に流されやすくイマイチ個が確立されていない、現在の多くの日本人に聞かせてやりたいところである。ただ、この考え方は下手すれば超然内閣などとんでも無いものに繋がりかねない危険性も孕んでいると感じるので、国政を動かす立場の人間などになるとまた別の論理が必要であろうが。
ソクラテスの衆愚政治への警戒感は、現在の小泉内閣は衆愚政治か?という論議にそのまま繋がる。これは民主主義の永遠の課題とも言えよう。ソクラテスは民主政治には懐疑的だった様だが、かといって彼自身は貧乏な生活を送っていた訳で、貴族政治などを望んでいた訳ではなさそうだ。この裁判において無罪とする票が意外にも多かったという事実は、ソクラテスに対する当時のアテナイ社会の見方の縮図なのかもしれない。
本書を読んで意外に思った事は、「クリトン」においてソクラテスがやたらと国法の遵守に心を砕いている点である。ソクラテスについては「悪法もまた法である」と言って毒杯をあおいだ話のイメージが強く、ここまで国法に対して従順な考え方をしているとは思っておらず、てっきりもっと批判的な考えの持ち主だとばかり思っていた。
ソクラテスにとって一番幸せだったのは、兎にも角にも優秀な弟子を持った事だと思う。弟子のプラトンが書いた著作によりこうして弁護されているし、歴史に名前がしっかりと刻み込まれたのだから。正にペンは剣よりも強しという事を実感する次第である。
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[ 2006/06/08 23:54 ] 書籍 | トラックバック(1) |

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